原点は教育にあり(#0064) 何事も教育というものが原点に存在する。人は最初は何も知らないのである。それを色々な形で教わる。親から、先輩から、教師から、経験から、人生から。それらがあるからこそ人は考えて行動できるのである (1998/5/23) 「 569チャンネル 」第64回目の放送です!今回の語録は1998/5/23に書き留めた「原点は教育にあり」です。 リスナーのみなさんは、「教育」についてどんな考えをお持ちでしょうか。 学校で教わる「受験のための勉強」を思い浮かべるかもしれませんが、昔は道徳の授業もありましたし、普段からの人とのつながり、例えば部活動での先輩や仲間との関わりなどから、生きていくためのノウハウや考え方を学んだりもしました。振り返れば親、先輩、教師、経験、人生から色々な気づきや学びがあったと感じます。 教育の字をそのまま捉えると「教え育むこと」です。勉学も含めてあらゆる知識、考え方、自分の中に培っていくことが教育なのだと思います。 色々なことから学ぶことが増えていく中で、その知識を実際に使えるかどうかが重要です。学びの1つ1つの点が線になり、それらが繋がっていけばいくほど「学び」を得たと言えるのかもしれません。 仕事においても点が線になればなるほど、応用が利き、人は「考えて行動」できるようになります。 率先して親、先輩、教師、経験、人生にアプローチし、自らにとっての学びを引き出す。失敗も成功もしながら、人生の経験を積んでいくことによって、どこまではOK、どこからはNGなどの判断ができるようになると思います。 「原点は教育にあり」ということは、自ら考え、行動し、色々なことを経験し、学び、そしてまた考えて行動することではないでしょうか? では「学び考えて行動する」ことは、これからのAI時代はどうなるのでしょうか。 私としては、人が考えなくなってしまうのではないか?という懸念があります。短絡的に答えを知るための道具としてAIを使うのではなく、仮説を立てるなどして質問する、疑問に思うことを深堀りし繰り返し質問するなど、学びに繋がるようにAIを使う、つまり自らの知識が点から線になるようにAIを学びの道具とすること必要ではないでしょうか。 親、先輩、教師、経験、人生といったア...